【教会のご案内】
長門教会は本州の最南東端、山口県の日本海に面した長門市の中心街にあります。ここは山陰地方とも呼ばれています。教会の正式名称は『日本基督教団長門教会』です。
当教団の所属教会は全国に1700余り存在します。互いに祈り合い、負担金を納め、協力してイエス・キリストの福音を伝えることに努めております。
当教会は、下記の通り77年の歴史を持っております。
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【長門教会の歴史】
【長門教会のはじまり】
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1946年、山口県の日本海に面した仙崎港は終戦を迎え、外地からのたくさんの引揚者があった
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港には海外から感染症や病害虫が持ち込まれたりするのを防止するための「仙崎検疫所」という機関があり。この検疫所の一室で、本多釜次郎牧師がキリスト教信仰に関心のある有志を募って「聖書研究会」を開いたのが長門教会設立のきっかけとなる
【長門教会設立ならびに初代牧師の就任】
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1947年 「聖書研究会」が盛会になって「長門聖光教会」として興る
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本多釜次郎氏が初代牧師として就任する
【無牧師時代】
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1950年 本多釜次郎牧師が東京の教会から呼ばれ、東京に転任
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その後、長門聖光教会は無牧の時代を経て、信徒であった岩崎正敏氏が立ち上がり、自宅を開放して教会運営を継続する
【改名ならびに第2代牧師就任】
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1950年~1952年 無牧師時代に岩崎正敏氏が奨励をする中で、下関教会より小畑慶介牧師と山口駐在のトマス・グラブス宣教師の協力により、教会礼拝と伝道活動がなされる
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1953年「長門聖光教会」から「長門教会」に改名
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改名と同時に岩崎正敏氏が主任牧師に就任
【宗教法人としての設立】
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1955年 山口県知事に宗教法人としての申請を出し「日本基督教団長門教会」として承認さる
【長門教会の所有地と集会所兼牧師館】
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1958年 地元の松木清七氏より教会へ98坪の土地を寄贈(長門市東深川1906-5)
- 中村六三郎氏より同番地の小作権放棄があり、二つを合筆して長門教会所有地となる
- 持山侃二郎(かんじろう)(持山医院)氏より平屋建て1棟(17坪)を寄贈される。この建物を牧師館ならびに集会所として使用
- 松本氏からの土地の寄贈、中村氏の小作権放棄、持山先生からの建物の寄贈を黙想する時、教会員の祈りと努力が重ねられる
- 「神の教会をここに建て、主を礼拝せよ」との啓示
【教会堂の献堂時代】
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1961年 教会員の献金ならびに日本基督教団からの援助金等により会堂建築のめどがつき、中原組に建築を依頼、同年7月16日に61坪(33平方メートル)の教会堂を献堂する
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1963年 日置伝道所と合併、信徒10数名が転入
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1962年 受洗者2名が与えられる